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新しい耳掛けヘッドホン

 昔はイヤホンを使おうとしていたのですが、イヤホンは使っているうちになぜか耳から外れてしまいます。だからといって普通のヘッドホンは大きすぎるので、私は耳掛けヘッドホンを使っています。耳に掛けて使うのになんで耳掛け「ヘッドホン」というのか不思議だと、ときどき思います。

 その耳掛けヘッドホンですが、以前使っていたものは、耳からオーディオ機器までのケーブル長が30センチメートルくらいしかありませんでした。短すぎて使えないのですが、延長コードを使うと、今度はコードが長すぎて邪魔になる状態でした。

 そういうわけで、最近、コードを巻き取る機能がついた耳掛けヘッドホンを買ってきました。コードを最大まで引っ張ると1メートルくらいの長さになります。耳掛けヘッドホンには小さい穴があいていて、そこにオーディオ端子を入れるとコードを巻き取る仕組みになっているようです。

 この買ってきた耳掛けヘッドホンは、スピーカー部分を綿でくるんだようなタイプではなく、普通のヘッドホンのように(?)音声が聞こえてくる部分はふわふわの綿になっていてその周りが革でできているようです。以前に使っていた耳掛けヘッドホンやイヤホンと比べるとかなり音質が良くなっています。普段は音質なんて気にしないのですが、それでも音質の違いがはっきりと分かると音質のいい方を使いたくなります。

 ただ、重いことが欠点です。いや、欠点と言うほどのことでもないかもしれません。私は、耳掛けヘッドホンを耳に掛けたまま、プラグをMP3プレーヤーに挿したりパソコンに差し替えたりすることがあります。そして、パソコンで再生するときはスピーカーから音声を流したり耳掛けヘッドホンで聴いたりすることがあります。そのあたりの切り替えが面倒になってくると、いつの間にか、何も聴いていないのに何にも挿していないのに耳掛けヘッドホンをつけていることがあります。そんなことをやっていると、何時間も耳掛けヘッドホンをつけていることがあるので、耳掛けヘッドホンが重いと耳が痛くなります。

 だからといって古い方の耳掛けヘッドホンは音質が悪くコードも短いので、やはり新しい方を使います。どうも書いていて馬鹿らしくなってきましたが、新しく耳掛けヘッドホンを買ってきたのは成功だったということで良しとしましょうか。

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質より量の日記へ

 以前はブログの記事をほぼ毎日書いたのですが、書くネタがなくなってきました。日記を書く頻度を下げてでも、特に目立った話題があるときのみ記事を書いた方がいいのか、それとも、大してネタはなくても頻繁に書いた方がいいのか疑問に思っていたので、ちょうどいい機会だと思い、特に取りあげる話題ができたときのみ書くように切り替えてみました。

 しかし、実際にそちらに方針を切り替えてみたところ、失敗だったと思います。少なくとも私の場合は、文章の質を求めようとすると、自分が書けないほど高い水準の文章を求めてしまうのでだめです。その結果にサボり癖がついて、そのうち、書くネタを思いついても忙しいからいいや、という発想が出てくるようになってしまったのです。

 そういえば、以前に読んだ「うまい!文章を書く技術」という本でも、「構えないで書いた方がいい」ということが書かれていました。その本に書かれている文章は、会話をそのまま文字にしたようなものであって、「うまい文章」とはなかなか思えませんでした。ただ、ためらうことなく考えている内容を表現できているという点は確かに良いと思います。「うまい文章」ではなくて「うまい技術」ではあると思います。

 最近サボっていたぶんだけ、ネタはたまってきています。たとえば、最近はやたらと本を読んでいます。最近ではなくて年中かもしれませんが……。知り合いから教えてもらった「鏡の法則」、ゲーム理論に関する本、「みんなの意見は案外正しい」という集団の知恵について書かれた本や、新聞社が発行している雑誌などです。それ以外にも、新しい耳掛けヘッドホンを買ったり、就職前に大きめのプログラムを書いてみようと思い立ったりしているので、ブログの記事にするネタはいろいろとあるのです。

 それでもサボり癖のせいで書きそびれてしまったので、今日からまた、できるだけ頻繁に記事を書いていくように方針を切り替えます。

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やわらかあたま塾で5段を取得

 1か月くらい前に買った「やわらかあたま塾」ですが、気が向いた日にやってみたり、あるいはさぼってみたりしているうちに、だいぶ成績が良くなってきました。

 やわらかあたま塾にあるいくつかの問題のうち、単語に含まれる文字をバラバラにしたものが画面に表示され、プレーヤーがもとの単語の順番通りにタッチするというものがあります。写りが悪いのですが、下の画面は、その問題の点数とメダルが表示されているところです。

Ts2a0359

 成績に応じて金、銀、銅のメダルがもらえるのですが、青いものはプラチナです。制限時間内に答えられる限界程度の問題数を正解するとこのメダルがもらえるようです。

 また、1種類の問題に関する成績ではなく、総合的な頭のやわらかさを測定する「テスト」があるのですが、そっちの成績も良くなってきました。下の画面が、最近のテストの結果です。

Ts2a0358

 テストの結果は「言語」「記憶」「分析」「数字」「知覚」の5つの種類に分かれていて、それらの成績がレーダーチャートになって表示されています。「数字」以外はメーターが振り切っているようにも見えますが、正五角形からはみ出ることもあります。いや、はみ出たように見えただけかもしれませんが。

 私の場合、「分析」は安定して高い点数が出せるのですが、「数字」は安定して低い点数が出ます。平仮名で書かれた式を計算したり、2グループのうち金額が高い方を選んだりするのはあまり面白く感じないのは、こうしてテストの結果に表れています。

 「やらわか度」の段位は一体何段まであるのでしょう。そのうち、「免許皆伝」など出てきて欲しいところです。

 ちなみに、DS本体の下側が白っぽいのは、黒いDSに白いカバーを掛けているためです。本当は黒い色のカバーを買いたかったのですが、店で見かけませんでした。

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就職活動をふりかえって

 内定式に行って来ました。内定式の前に出欠の確認を電子メールで送信したのですが、そのときに「出席しますのでよろしくお願いします。以上です。」と変換しようとしたら「出席しますのでよろしくお願いします。異状です。」と出てきてしまったこともありました。

 6月中旬に就職活動を無事終え、最近では就職活動をしていたころの感覚を忘れていました。ここのところは修士論文のための研究やらPSPやら読書やらのことを考える方がかなり多かったです。しかし、内定式に行ってきたので来年から仕事をするんだなとしましたし、就職活動をしていたことを思い出しました。思い出しついでに就職活動中に感じたことを書いておきます。

 私は、一番最初の面接を受けるまで、就職活動に対する姿勢を完全に間違えていました。ただ、就職活動を軽く考えていたというのではなくて、どちらかといえばその反対です。

 IT関係の仕事は残業が多いことはよく知られています。特定の企業だけではなく、業界全体がそうなっているようです。そして、企業によっては、あるいは人によっては残業が200時間を超えるところもあるそうです。それは数年前から分かっていたので、どうにかしてITを脱出するか、ITでもまともな労働環境があるところに入社できないかと思っていました。

 そのように警戒はしていたことと、雑談が苦手だったことがあり、面接やエントリーシート対策の本は何冊か買っていました。しかし、その買ってきた本の内容が不十分であったことと、それとは別に私が勘違いしていたのが、さきほどの「就職活動に対する間違い」です。

 端的にいえば、「自己分析はどう売り込むかを考えることだ」ということを分かっていませんでした。私は、客観的な事実を重視する考え方をしているので、売り込もうというのがしっくりこなかったのです。そのため、実際より良い印象も悪い印象も与えないよう、ありのままの自分の性格を表現しようという考えでいたのです。

 しかし、そういう方針で面接対策の自己分析をするのは間違いだと、一番最初の面接で分かりました。面接官はエントリーシートに書かれている内容を見て、明らかに、「ぱっと見て気になった部分」を選別して質問していました。書いた作文も出題されたテーマとは少しずれた内容だったはずなのに何の指摘もなく、それよりも、私がどういう点に関心を持っているかという点を知りたかったように見えました。

 つまり、面接官は、面接を受けに来ている学生の長所はどこなのか探しているので、こちらもそれをうまく説明するのが一番だということです。当たり前の結論に落ち着いたわけですが、面接対策本に書かれている結論だけではなく、その根拠の部分が理解できたのは大きかったと思います。

 このことと就職対策本から、私はこう判断しました。

「面接官は、会社に利益をもたらすような志望者の長所を探している」

 入学試験のような優劣をつけるテストではなく、仲間を探しているということを実感できた面接でした。そして、面接では総合的な性格判断などしてはいないように感じました。せいぜい、目立った長所と短所はどういうところかを調べているように思います。

 ここから、それまで行ってきた、「自分がどういう性格なのか客観的に判断する」自己分析は間違いであり、自分の長所を伝えることが重要だということがはっきりしました。

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HPって何?

 テレビゲームのジャンルのひとつであるRPGには、HPという概念が出てくることが多いです。だいたいの傾向としては、HPとは現在の体力を数値で表したものです。

 敵から攻撃を受けるなどで傷を負うとHPが減っていき、HPが0になるとゲームによって死んでしまったり気絶したり戦闘不能になります。そして宿屋に泊まったりして休むとHPは回復します。

 また、ゲームを始めたばかりのHPは、RPGによって数十から数百程度です。しかし、ゲーム終盤になるとだいたいどのRPGでも最初の数十倍になります。敵を倒して経験を積んでいくにつれ、いつの間にか凡人の数十倍もの体力を持っている超人になっているわけです。かなり不思議な現象ですが、ゲームの世界ではこんなことが当たり前に起きています。

 HPは幽霊やゾンビにも設定されています。ドラゴンクエスト5では腐った死体を仲間にすることができますが、腐った死体もHPが0になると死んでしまいます。ただしこれは、腐った死体が死体ではなく、そういう名前の生物だと考えれば不思議なことではありません。

 HPに関して、思いつく範囲内で一番不思議なのは、攻撃したつもりが回復してしまうことがあることです。たとえば体が炎でできている敵に火で攻撃しようとすると、HPは減らず、ゲームによっては逆に増えてしまいます。つまり、炎の体をもつ敵には炎の攻撃が通用しないわけです。これは一見すると合理的ですが、人間に肉をぶつけても回復はしないでしょうから、いまいちピンとこない部分もあります。人間の場合は殴り合いをするとお互いにダメージを受けるはずですが、炎の体をもつ敵同士で殴り合いをするとお互いが回復するのでしょうか。炎の場合は実体がないのでこのような不思議な現象がおこるかもしれませんが、実態があるはずの氷の体を持つ敵でも、氷の攻撃をすると回復します。氷に氷をぶつけたら多少なりとも壊れるはずだと思うのですがどうでしょう。ただ、ぶつけるのではなく凍らせる攻撃なら回復するかもしれません。

 完全に何の傷も負っていないときのHPを最大HPといいます。最大HPが500くらいあって現在のHPが1や10程度ならば意識を失う寸前になっているはずです。しかし、そんな状態でもいつもどおり、運動能力が落ちることなくキャラクターは動き回っています。HPが少なくなるとキャラクターが苦しそうなポーズをとるゲームもありますが、あくまでそういうポーズをとるだけでそれ以外は普通に行動できます。HPはきっと、「体力だと説明するのが一番分かりやすい」というだけで、単なる体力ではない別の概念なのでしょう。

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