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0起算に対する思い入れ

 私は考え方が独特なようで、あんまり理解されていないような気がするのですが、今回の記事はその色が濃いことを先に断っておきます。

 今から12年も前に話題になったことですが、2000年は20世紀であり、2001年から21世紀が始まりました。これは少し分かりにくく、とても不自然で、義務教育を受けていた頃から気に入らなかった事実です。西暦を100で割ったら世紀になるようになっていれば良かったのにと思います。なぜこのようになってしまったかといえば、最初の年が西暦1年1世紀だからに他ならないと思います。100年で区切るので西暦100年まで1世紀が続き、西暦101年から2世紀が始まるのです。

 もし西暦0年0世紀から始まっていれば、西暦0年から99年までが0世紀で、西暦2000年から2099年までが20世紀となり、西暦を100で割れば世紀が求まるという、シンプルで分かりやすくなっていたのです。ところが実際は、西暦から世紀を求めるには次のように1を足したり引いたりしなければなりません。
世紀 = floor( (西暦-1)/100 )+1

 プログラミングの分野では、符号無し整数の最小値は大概0ですし、C言語から派生してきた言語では配列の要素番号は0から始まります。配列の要素番号が1から始まってしまうと、先ほどの世紀のような面倒くさい計算があちこちで必要になってしまうからだと思われます。

 こういう理由でデータに連番をつけるときに1から始めるのは避けたいのですが、どういうわけか(?)ファイル名につける連番を1から始めようとする人が多くてときどき気になります。0番のファイルに特別な意味を持たせたいから予約しておくというなら理解できるのですが、特に何もないなら0番から初めてほしいと思います。1から始まっているのを見ると、この人にとっては0の発見がまだ済んでいないのだろうかなんて思うこともあります。

 0起算を是非とも採用してくれと強く思うのは時間の表記です。ある時計は、1時間経過するごとに次のように表記が変わっていくのです。

AM 11:00
PM 12:00
PM 01:00

 これは12進法と考えることができますが、11時から12時になるときに繰り上がってAMからPMへ変わり、PM12時からPM1時に変わるときは繰り上がりもしないのに数字が小さくなります。こんな不自然な数値の増え方があってたまるかと思います。

 もしAM11時の次がAM0時と表示するようにすれば、11時から0時に切り替わるときに繰り上がってAMからPMになり、0時から1時に変わるときは数字がちゃんと増えるという自然な変化になるのです。

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ニセディズニーランドとLinux

 中国には石景山遊園地という遊園地があります。ここはディズニーのキャラクターのニセ者がパレードをやっていたりしたところです。

http://www.youtube.com/watch?v=Luop70OiZtc&feature=related

 こういうのって、たとえばディズニーから企画書を盗んできて作ったというなら当然悪いですが、そうしたわけではなくとも、完成品をマネすること自体にも問題があるものだと思います。

 また、遊園地の利用者も利用者で、ニセ者を排除しようとは考えず普通に利用してしまう姿勢は悪いと思います いつかの報道ではディズニーより石景山遊園地のキャラクターの方がいいと言っていた人もいた記憶があります。

 これを見て思い出すのですが、Linuxはこれとどう違うのかと疑問に思うのです。

 ソースコードを流用はしていないとはいえ、できあがったOSはUnixに似せた盗作です。盗んでくる元はUnixだけではなく、たとえばWineなんかはWindowsの盗作です。

 利用者の意識も石景山遊園地とそっくりで、Linuxが最も素晴らしいOSだと思っています。

 遊園地もOSも同じようなことをやっているのに、業界が代わってしまうと同じ物が違うように見えてしまう人が山ほどいるのはどうしたものだろうなと思います。

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手料理とか家庭料理とかの存在意義

 レトルトのカレーを電子レンジで温めていたら、以前に、食事中の夫婦の一場面がテレビで放送されていたのを思い出しました。夫が「これおいしいね」と言うのはレトルトや冷凍の食品ばかりで、妻がそれを指摘するとその場が気まずくなる……という場面でした。

 冷凍食品やレトルト食品はプロが作った物(を再現した物)なのですから、一般人が作った物より優れた味になっていたとしても無理もないような気がします。むしろ、プロに勝てないのを不満に思うのはちょっと傲慢ではないでしょうか。

 手料理の存在意義というのは、安く済ませるとか、大衆向けではなく食べる人の事情(好みなど)に合わせるといったところにあるのではないかと思います。

 決して「手作りすること自体に意味がある」なんていう、手段と目的を間違えた考えは持ってはいけないと思います。

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非常通報ボタンは気軽に押さないで

 朝出勤するときに電車が10分遅れていて、その理由は、「具合の悪くなったお客様を救助していたため遅れました」とか「非常停止ボタンが操作されました」と車内のアナウンスで言っていました。

 走行中の電車内で具合の悪い人を見かけても車内の非常通報ボタンを押すのはやめましょう。非常通報ボタンは、電車の中で火災が発生したり、線路内に人が入り込んでいることに気づいたときに押すものです。

 具合の悪い人を助けるなというのではなく、非常通報ボタンを押して電車が止まった場合、返って時間がかかってしまうのです。他の電車が完全に止まるまでは担架を持ち込むことはできませんので。よほど1駅1駅が長いのでなければ、次の駅まで電車で運ぶ方が賢明です。

 ちなみに、朝出勤するときといっても今朝ではなく、きのうの大雪の朝です。

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