« タラバガニはヤドカリである | トップページ | 将来のカロリーメイトを妄想 »

一生の幸せの量は誰でも同じ?

 とあるテレビドラマで「一生の幸せの量は誰でも同じ」なんていうセリフを聞きました。月並みなセリフですが、一体これはどういう根拠で言っているのだろうと疑問に思いました。

 そもそも、幸せの量っていうのはどうやって算出する物なのでしょうか。それが分からないことには、一生の幸せの量なんて分かるはずがありませんし、しかもそれが「誰でも同じ」だなんてねつ造もいいところです。こんなことでは、iPS細胞の森口氏を批判する資格はないと思います。

 反対に、一瞬の幸せの量を求められるのであれば、積分計算すれば一生分が求まるのでしょう。積分範囲は生まれてから死ぬまでです。

 積分範囲で思いついたのですが、人生は長さも人それぞれです。長い人もいれば極端に短い人もいます。長生きしている人は、幸せの量を少しずつ使っていて、普通の人よりもその時々の幸せが小さかった人なのでしょうか。反対に、大きな病気や大きな悩みがあって、もしくは、何らかの事故で短命に亡くなってしまった人は、生きている間は他の人よりも幸せだったのでしょうか。

「一生の幸せの量は誰でも同じ」というのは、結構残酷なことを言っているような気がします。

|

« タラバガニはヤドカリである | トップページ | 将来のカロリーメイトを妄想 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/43621/50846331

この記事へのトラックバック一覧です: 一生の幸せの量は誰でも同じ?:

« タラバガニはヤドカリである | トップページ | 将来のカロリーメイトを妄想 »